ポスティング野球|ポスティングシステムとはプロ野球球団選手移籍制度

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ポスティング野球とはポスティングシステムというプロ野球球団の野球選手移籍入札制度のこと。野球選手が所属球団を介して日本プロ野球コミッショナーからメジャーリーグへ契約可能であることを告知(ポスティング)する制度をポスティングシステムと呼びます。

|野球とは(やきゅうとは)ポスティングシステムとは(ぽすてぃんぐしすてむとは)

野球は、2つのチームが攻撃と守備を交互に繰り返して勝敗を競う競技である。1チーム9人ずつで構成された2チームが、守備側と攻撃側に分かれ、守備側の投手が投げたボールを、攻撃側の打者がバットで打ち、(うまく打てた場合)四つのベースを(反時計回りに)回るように進み、(一周することで)得点を得る。そして両チームは、(各チームが攻撃側と守備側をそれぞれ経験する「回」を)基本的には9回戦い、得点の多さを競う。4つのベースは、それぞれ一塁(ファースト・ベース)、二塁(セカンド・ベース)、三塁(サード・ベース)、本塁(ホーム・プレート)と言う。なお、大会やリーグによって、ルールの細部に相違点があり、たとえば予め定めた以上の一方的展開になった場合や気象条件等により途中で試合を打ち切るコールドゲームの規定、攻撃時に投手と呼ばれるポジションの選手の代わりに攻撃専門の選手を使う指名打者制度の有無、審判員の人数等、細かな違いがあり、大会やリーグごとにそれぞれの環境に合わせて、最も良いと考えられる制度を採用している。

四つのbase(ベース)を使用するので、「baseballベースボール」と呼ばれている。なお日本語の「野球」と言う言葉は、明治期に日本で中馬庚が作った和製漢語である。英語のベースボール (baseball) を指す。なお、競技名、組織名、大会名などで、一般的に、単に(狭い意味で)「野球(英: baseball)」と称する場合、世界的には勿論、日本国内においても、いわゆる「硬式野球」(のみ)を指している。メジャー・リーグでは硬式野球が競技されている他、日本でも、プロ野球や都市対抗野球(社会人)、大学野球、甲子園の高校野球は硬式野球が競技されている。

現在、日本国内において(広い意味で)「野球」と称される競技で用いられているボールには、硬式球・軟式球・準硬式球の3種類があり、使用するボールにより、それぞれ硬式野球・軟式野球・準硬式野球とも呼ばれ、それぞれ異なった競技である。軟式野球、準硬式野球は共に日本で誕生した競技であり、主に日本国内のみで普及している競技で国際性は殆どない。例として、野球発祥の地で本場とも呼ばれる米国において「soft-baseball」などと言っても通常一切通用しない。軟式野球は主に、日本国内の公立の中学校やレクリエーションとしての野球などで行われる。準硬式野球も軟式野球同様日本国内のみで普及している競技であり、運営組織の分類上も多くの場合は軟式野球の一種として扱われている。

ポスティングシステム(posting system)は、主にプロ野球において認められている移籍システムの一つ。日本のメディアでは入札制度という呼称もある。

主にフリーエージェント(FA)でない選手がアメリカのメジャーリーグ(MLB)への移籍を希望した場合に、所属球団が行使する。2000年代以降、一部のメジャー志望選手がシーズンオフなどに本制度による移籍を訴える光景が見られるが、球団側が応じた例は限られている。認められる場合も海外FA権取得1 – 2年前がほとんどである。なお、MLBへの移籍を希望しつつ国内FA権を保有しそれを行使した状況でこの制度の同時使用も可能である。ただし国内FA権での移籍が成立した場合、その選手が海外FA権を取得したであろう時点まで、移籍先の球団がポスティングの手続きを取ることはできない。

FA選手獲得と違う点としては、ドラフト指名権の譲渡義務が無いことと、譲渡金がぜいたく税の対象にならない点が挙げられる。また、同制度を始めとしたMLBとの移籍協定が存在する国はMLB世界ドラフトの対象外となることが検討されている。

日本では1998年に調印された「日米間選手契約に関する協定」により創設。当初は入札方式であったが2012年に一時失効し、2013年12月17日に入札制度ではない現在の制度が成立した。しかし入札制度という呼称は引き続き使用されている。

|野球(やきゅう)の歴史

野球の起源は明らかになっていないが、イギリスの球技である「タウンボール」がイギリス系移民によってアメリカに持ち込まれた後変化し、野球として形成されたと考える研究者が多い。1830年代から40年代に原型が成立したと考えられ、すぐにアメリカの北部でさかんとなった。1861年から1865年の南北戦争によって野球はアメリカ南部にも伝えられ、アメリカ全土において人気を博するようになった。19世紀後半を通じてルールに改良が加えられ、現在の形になった。1869年には世界最初のプロ球団であるシンシナティ・レッドストッキングスが設立され、1871年には世界初のプロ野球リーグであるナショナル・アソシエーションが設立された。これは5年で破綻したものの、1876年にはこれを引き継ぐ形でナショナルリーグが設立され、メジャーリーグベースボールが成立した。このころ日本にやってきたアメリカ人から野球は日本にも伝えられ、やがてアメリカや日本の影響圏でも野球がさかんとなり、日本はアメリカ、キューバに次ぐ「野球王国」といわれるまでになった。

|野球(やきゅう)のルール

(試合形式)
攻撃側は、相手チームの投手が投げたボールを打って、一塁・二塁・三塁・本塁をまわることで得点を得る。守備側は相手チームの走者が本塁に到達しないように走者をアウトにする。相手チームの選手を3人アウトにできれば、攻撃に移ることができる。攻撃と守備の一巡はイニングと呼ばれる。一試合は9イニングからなり、得点の合計が多いチームが勝者となる。両者の得点が等しい場合は、延長戦を行う、引き分けとするなどルール体系によって対応が分かれる。各チームの目的は「より多くの得点を得て、勝つこと」であり、公認野球規則1.02に「各チームは、相手チームより多くの得点を記録して、勝つことを目的とする。」と明記されている。規則書に「勝つことを目的とする」と明確に表記されていることが野球ルールの際立った特徴の一つでもある。

(チーム編成)
1チームは選手9人(指名打者制を採る場合は10人)と監督、コーチなどで編成される。試合にはそれ以外にも控え選手がおり、プロ野球では16人、高校野球では9人まで控えとして途中からの試合出場ができる。しかし、一度交代した選手はその試合中は再び試合に出ることはできない。ただし、交代せずに守備位置を変えることは可能である。

|野球(やきゅう)の道具

(野球ボール)

野球で用いられているボールには硬式球・準硬式球・軟式球の3種類がある。

硬式球
ゴムやコルクの芯を糸で巻き、牛革や馬革を縫い合わせて作った球。プロ野球や高校野球、中学生のシニア・ボーイズリーグ、小学生のリトルリーグでもこのボールを使って行う。
軟式球
全日本軟式野球連盟が公認した日本発のボール。中が空洞になったゴム製の球で、試合対象、年齢、性別に応じてA、B、C、D、H号の5種類がある。硬式球に比べて安価で安全性が高いため、日本国内では草野球、少年野球、公園でのキャッチボールなど広く一般的に使われている。A、B、C号に関しては2006年度始めにフルモデルチェンジを行い、馴染みのあった表面の細かなディンプル(くぼみ)が無くなった。そのため物理的には硬式球で投げられるほぼ全ての球種を投げることが可能となった。
準硬式球
軟式球の一種として開発されたものである。大きさやボールの表面は軟式A号とほぼ同じでゴム製だが、内部は硬式球のそれと類似しており、打球感は硬式とほぼ同一である。現在は軟式球H号と呼ばれる。大学野球で多く使われる。

(野球バット)

バットは滑らかな円い棒であり、打者が投球を打ち返すための用具である。材質により木製バットとその他の素材のバットに分けられる。公認野球規則では最大直径7cm以下かつ全長106.7cm以下とされているが、少年用や女性用を除くと実際の多くは全長82 – 87cm程度である。

木製バット
原則として一本の木材を削って作製する。日本のプロ野球を含めて各連盟の公認での制限が無く、どのような試合でも使える。素材はアオダモ、ホワイトアッシュ、メイプル、トネリコなどがある。
金属製バット
アマチュア野球で各連盟が公認した場合に使用する。日本のプロ野球では使用が認められていない。高校硬式野球では重量を900グラム以上とする規定がある。素材はアルミ合金と超々ジュラルミンが主となっている。
繊維強化プラスチック製バット
柔らかい素材を生かして軟式野球で使われるもので、通称カーボンバットと呼ばれるものである。近年では反発力や飛距離を伸ばすため、ウレタンなど複数の素材を組み合わせたハイコンバットと呼ばれるものも多数存在する。中学生の大会では使用不可となっている。
竹製バット
竹材を接着剤によって貼り合わせて加工したもの。基本的には各連盟の公式戦では使えないが、耐久性に優れ、芯をはずして打つと手や腕に強い衝撃が感じられることを生かし、主に練習用として使用される。

(野球グラブ・野球グローブ・野球ミット)
グラブやミットは、投球、打球、送球を受けるための革で作られた用具である。形状によってミットは捕手用のキャッチャーミット・一塁手用のファーストミットの2種類があり、グラブには 投手用・二塁手用・三塁手用・遊撃手用・外野手用・ある程度まんべんなく使えるオールラウンド向け等、数種類に分類することができる。そのそれぞれについて、右投げ用(左手に着用)・左投げ用(右手に着用)がある。両投げ用は、基本的には存在しない。グラブはどの形状でもすべてのポジションで使用できるが、ミットに関しては捕手と一塁手の使用についてのみ規定されている。投手が着用するグラブについては、グラブ全体が一色であり、商標・マーク類は白色・灰色以外であること、グラブにグラブの色と異なるものをつけてはならないことの制限がある。

スパイクシューズ
野球用の靴でスパイク部分は金属または樹脂を使用している。少年野球では危険なため、樹脂製スパイクを使用している場合が多い。スパイク部分が取り外し可能なものもある。また、ピッチャーが利き足のシューズの先端に、保護革をつけることがある。これは投球時、ピッチャーが後ろ足(利き手と同じ側の足)でマウンドを蹴りシューズがすり減る事を防ぐため。バッティングでも同じ現象が起きるためか、野手がこの保護革をつけることも多い。

(捕手の防具)
マスク(面)
前頭部、顔面、喉を保護するために装着する。人工皮革や、天然皮革などでできている。
プロテクター
肩、胸、腹を保護するために装着する。
ファウルカップ
股間周辺を保護するために装着する。
レガース
膝から足首までを保護するために装着する。
ロージンバッグ(ロジンバック)
滑り止めの白い粉が入った袋。主にピッチャーが用い、マウンドに置いてある。次打者のためにネクストバッタースボックスにも置いてある。

(野球ユニフォーム)
同じチームの選手・監督・コーチなど競技に参加する者は、同色・同形・同意匠のユニフォームと帽子を着用する。原則として全員(少なくとも選手)の背中には背番号をつける。アンダーシャツ、ストッキング、ベルトは同色での着用が必要。スパイクもユニフォームの一部に相当するため、チームで同色にそろえる必要がある。プロ野球においてはプレイングマネージャーやベースコーチに立つ場合を除き監督がユニフォームを着ない場合がある。ボールが胸部に当たると心臓に負担が掛かり倒れてしまう(死亡・重傷事故の例もある)ことがあるので、胸部の部分にパッドを付けることを推奨する。

|野球(やきゅう)グラウンド

野球に使われるグラウンドと付帯設備は野球場もしくは球場、4つのベースを結ぶ正方形内は内野と呼ぶ。ダイヤモンドとも呼ばれる。内野とコーチスボックス、ネクストバッタースボックスの距離は公認野球規則で決められているが、グラウンドの大きさについては球場によって異なる。内野は公認野球規則で正方形内と定められているが、慣習的には内野手の守備範囲も含める。

特に野球(硬式野球)仕様かつプロ野球の試合で使用される野球場においては、本塁より左右両翼及びセンターのフェンスまでの距離について、古い球場では両翼90メートル、中堅120メートル弱の球場が多いが、1980年代以後に建設された球場では両翼99.1 – 100メートル、中堅122メートルを基準としている。

|野球(やきゅう)ポジション

(守備)

バッテリー Battery
1 投手(ピッチャー) Pitcher P
2 捕手(キャッチャー) Catcher C
内野手 Infielder IF
3 一塁手(ファースト) First Baseman 1B
4 二塁手(セカンド) Second Baseman 2B
5 三塁手(サード) Third Baseman 3B
6 遊撃手(ショート) Shortstop SS
外野手 Outfielder OF
7 左翼手(レフト) Left Fielder LF
8 中堅手(センター) Center Fielder CF
9 右翼手(ライト) Right Fielder RF

(攻撃 )

打者(バッター) Batter,Hitter
指名打者(DH) Designated Hitter DH
代打(ピンチヒッター) Pinch Hitter PH
走者(ランナー) Runner
代走(ピンチランナー)

|野球(やきゅう)審判員

野球における審判員は、試合の進行や、投手の投球、本塁における判定を主に担当する球審(英:umpire-in-chief ; plate umpire)と、各塁における判定を行う塁審(英:base umpires)、必要に応じて外野に外審(英:outfield umpires)を配置する。一般には球審1名と各塁の塁審3名の4人で審判団を作ることが多いが、重要な試合では外審2名を加えて6人で審判団を作ることもある。試合によっては塁審の人数が2名・1名になることもあるし、球審だけ(塁審なし)で審判を行うこともある。

(チャレンジシステム)
MLBでは2014年度より審判員に加え、ニューヨークにある映像センターでのインスタントビデオ判定を採用している。監督は1試合で2回まで要求することができ、7回以降は審判も要求することができる。

|野球(やきゅう)文化

世界では主に北米のアメリカ合衆国・カナダ、欧州ではオランダ・イタリア、中南米のキューバ・ドミニカ共和国・ベネズエラ・メキシコ・プエルトリコ・ニカラグア・パナマ・オランダ領アンティル、コロンビア、東アジアの日本、大韓民国、台湾などで盛んである。とりわけパナマ、キューバ、ドミニカ共和国、ベネズエラ、ニカラグア、台湾では野球は事実上の国技として親しまれている。日本では国技ではないものの非常に人気の高いスポーツであり、野球用語が一般社会でも使用される。ヨーロッパで欧州野球連盟に加盟しているのは全部で39か国あり、その中でイタリアとオランダの2か国はプロリーグが存在している。

(試合観戦)
試合はイニング制を採用している。サッカーやバスケットボールのような時間制ではないため、試合の展開により試合時間に大きな幅があるが、概ね1試合2時間 – 3時間程度である(※米国のメジャーリーグでは決着が付くまで無制限の延長、日本のプロ野球では12回で決着がつかなければ引き分けにする)。2010年までの日本のプロ野球においては12回で決着がつかなければ引き分けにしていた。しかし、2011年に東日本大震災が発生しその影響により試合開始から3時間30分以内で決着がつかない場合は引き分けとなりこのルールは2012年シーズン終了まで採用された。なお、2013年シーズンより元の「12回で決着がつかなければ引き分ける」のルールに戻った。メジャーリーグベースボール (MLB) や日本プロ野球 (NPB) などのプロリーグでは年間140試合を超える多数の公式戦を行うことで大きなビジネスとなっている。

(野球を題材にした玩具と作品)
1886年、アメリカではタバコのおまけとして野球選手の姿を画いたカードであるベースボールカードを付けることが流行した。以後、ベースボールカードはトレーディングカードの一分野として人気がある。

パチンコやスマートボールに野球の要素を取り入れたボードゲームに野球盤がある。日本ではエポック社が1958年より生産、販売し続けている。

1960年代の日本ではちばてつや『ちかいの魔球』や梶原一騎『巨人の星』が嚆矢となり、少年漫画の一ジャンルとして野球漫画が流行した。1970年代には水島新司『ドカベン』が、1980年代にはあだち充『タッチ』が、2000年代には森田まさのり『ROOKIES』などがそれぞれ人気を博し、アニメ化や実写映画化がなされている。

アメリカでは映画のジャンルとして野球映画が継続して制作されている。1942年公開の『The Pride of the Yankees』(邦題:『打撃王』)はアカデミー賞を受賞している。この他には1984年公開の『The Natural』(邦題:『ナチュラル』)と1989年公開の『Field of Dreams』(邦題:『フィールド・オブ・ドリームス』)もそれぞれアカデミー賞にノミネートされている。アメリカン・フィルム・インスティチュート(AFI)が「AFIアメリカ映画100年シリーズ」の一環として選定したスポーツ分野のアメリカ映画トップ10では『The Pride of the Yankees』(邦題:『打撃王』)が3位、『Bull Durham』(邦題:『さよならゲーム』)が5位にそれぞれランクインしている。特に『The Bad News Bears』(邦題:『がんばれ!ベアーズ』)や『Major League』(邦題:『メジャーリーグ』)などは何度も続編やリメイクが制作されている。

1983年に任天堂からファミリーコンピュータが発売されると、同年の内に野球を題材としたゲームソフト「ベースボール」が発売され人気を博した。以後、日米で「プロ野球ファミリースタジアム」シリーズや「実況パワフルプロ野球」シリーズ「MLB」シリーズなどの野球ゲームが継続して生産、販売されている。

アメリカでは、ファウルボールが観客に直撃するアクシデントが立て続けに起こっている。「ファウルボール訴訟」が多発しているが、「危険があることを予め承知してスタジアムに来る」として、観客がケガしても球団側は免責されるケースが大半である。観客席以外でファウルボールによって負傷した場合は訴えが認められることがあるが、基本的には裁判しても勝ち目はない。

|各国の野球(やきゅう)

(日本の野球)

野球の伝搬:日本へは、1871年(明治4年)に来日した米国人ホーレス・ウィルソンが当時の東京開成学校予科で教え、その後全国的に広まった。したがって、日本国内の野球の創成期の歴史は、そのまま大学野球の創成期の歴史と重なっている。1903年に米・サンフランシスコで米・カリフォルニア大学バークレイ校名誉教授・小圃千浦(日本国瑞宝章受章者)らによって日系人野球チーム“フジ・クラブ”が誕生し、日米野球交流の礎が作られることになる。

野球の和訳:「ベースボール」を、初めて「野球」と日本語に訳したのは、第一高等中学校の野球部員であった中馬庚である(この詳細な経緯は中馬の項も参考のこと)。明治期の俳人で、1889年(明治22年)に喀血してやめるまで捕手として好んで野球をプレイした正岡子規が翻訳したという俗説があるが、子規が自らの幼名である「升(のぼる)」にちなんで「野球(のぼーる)」という雅号を用いていたことが誤解されたものと考えられている。ただし、子規が現在にまで残る野球用語を数多く翻訳したのも事実であり、2002年にはその功績によって野球殿堂入りを果たした。

野球事情:日本における野球は、実際に参加するスポーツというよりは、観戦スポーツとして楽しむ人が多い傾向にある。レジャー白書2005によると、2004年時点の「野球・ソフトボール用品」に対する出費は、990億円である。「球技スポーツ用品」に対する出費6640億円の15%を占めている。

「クラブ・同好会」の形で楽しむスポーツとしては一定の地位を占めている。内閣府による「体力・スポーツに関する世論調査」(2007年2月調査)では、クラブ・同好会に加入している男性のうち、22.7%が野球クラブ・同好会に加入しており、2位のゴルフ、5位テニスよりも多い。ただし、女性は5位までに含まれていなかった。

文部科学省の「我が国の体育・スポーツ施設」(平成16年3月)によると、「職場スポーツ施設」(8286カ所)においては全8286施設のうち13%(第2位)を「野球場・ソフトボール場」が占め、内閣府の統計と合致する。

野球人気:戦前から1950年代前半まではプロ野球よりも東京六大学野球などに代表される学生野球の人気の方が高かった。1950年代後半に読売ジャイアンツの長嶋茂雄や王貞治といったプロ野球選手が国民的な人気を得ると、プロ野球が六大学野球に代わり、1990年代前半までの野球人気を担った。1995年に近鉄バファローズ(当時)のエース投手だった野茂英雄がロサンゼルス・ドジャースへ移籍してある一定の成功を収めると、これに端を発して次々と日本国内の人気プロ野球選手達がMLBへと移籍し、本格的な日本人選手のメジャーリーグ挑戦が始まった。それに伴い、主にNHKの衛星放送などで盛んに日本人選手の出場するMLBの試合が放送され始めた。またワールドベースボールクラシックにおいて日本が第一回大会から2連覇し、各試合で高視聴率を記録した。

ただし、地上波でのプロ野球中継は2000年代中盤からは視聴率が低迷しており、地上波全国ネットでは放送の削減が進んでいる。その一方、プロ野球チームを本拠地に持つ地域での地上波ローカル中継は増加傾向にあるほか、試合開始から終了まで放送するBS・CS・インターネットでの放送も増加傾向にある。また報道量上位7競技の中ではプロ野球の比率が非常に高く、その報道量は多い。特にスポーツ新聞の1面を占める割合も高い。

阪神甲子園球場で毎年8月に行われる全国高校野球選手権大会は夏の風物詩として定着しており、時に荒木大輔、松坂大輔、斎藤佑樹などの社会的関心を浴びるまでの高校球児が出現する事もある。

「日本野球」の実力:野球日本代表は世界大会で度々好成績を残している。1996年のアトランタオリンピックでは準優勝、2006年と2009年のWBCでは優勝した。アマチュアレベルでもIBAFインターコンチネンタルカップで2回の優勝と5回の準優勝をしている。メジャーリーグベースボールでは野茂英雄やイチロー、松井秀喜その他の日本人選手が活躍している。

アマチュア野球:日本では、社会人野球と学生野球(大学野球、高校野球)がそれぞれ独立して運営されている。1990年に全日本アマチュア野球連盟が発足し、社会人と学生との間で日本代表チームメンバーの派遣調整にあたるようになったが、あくまで連絡機関であり上部組織ではない。硬式野球と軟式野球(準硬式野球も含む)も互いに無関係な別組織の運営となっており、かつ硬式・軟式それぞれにおいても、国内の全関連競技団体が統一的な組織にはなっていない。

|野球(やきゅう)のマスメディアとの関係

日本国内の主要な野球大会は、古くから国内の大手新聞社が主催者となっていることが多かった。例えば、選抜高等学校野球大会、社会人野球日本選手権大会、都市対抗野球大会は毎日新聞社の主催、全国高等学校野球選手権大会は朝日新聞社の主催である。プロ野球の球団でも、読売ジャイアンツの親会社が読売新聞グループ本社・中日ドラゴンズの親会社が中日新聞社であるほか、東京ヤクルトスワローズは産経新聞社を保有するフジサンケイグループと密接な関係にある。そのため、野球は他のスポーツ競技と比較してもマスメディアへの露出は群を抜く事となり、結果として日本国内における野球人気は飛躍的に向上した。

マスメディアやスポンサー企業からもたらされる放映権料やスポンサー料などによって、大会の主催団体や一部の球団には莫大な収入が入る事になったために各組織の肥大化を招き、その事が他のスポーツ競技団体に見られる様なピラミッド型の統括組織を現在でも形成出来ないという状況の一因にもなっている。加えて、読売ジャイアンツをはじめ日本国内において絶大な人気と資金力を背景に持つ特定の球団が球界内で大きな発言権を持つ事となり、球界内の重要な方針や制度構築などにおいてそれらの球団の意向が大きく反映されてしまうなどの弊害も起きている。

2000年代に入って以降は地上波中継の視聴率低下、スポーツ嗜好の多様化、読売ジャイアンツ自体の人気の低下、長嶋茂雄氏の脳梗塞発症などにより、読売ジャイアンツの発言力は相対的に低下している。近年では巨人戦のみならずオールスター戦や日本シリーズも放映権料が下落しており、スポンサー収入の面でも大きな打撃となっている。

2010年には史上初めて日本シリーズの地上波中継が3試合なくなり、日本テレビ副社長の舛方勝宏は「割り切っていえば、BSの普及のためにはいい。野球はBSのソフトとしては強力になってきた」と話し、「働き盛りの人は午後7時台に家に帰っていない。そういう状況で地上波では数字(視聴率)がとれなくなってきている。試合開始からじっくり見る団塊世代の人は、BSで見ている」と見解を示している。

テレビ中継
日本の高校野球では、選抜高等学校野球大会がNHKや毎日放送で、全国高等学校野球選手権大会がNHKや朝日放送で、地上波・BS放送により全国に中継されている。2007年は早稲田大学に進学した斎藤佑樹の効果もあってか、東京6大学野球の試合の放送が一時的に増加した。

|野球(やきゅう)国際大会

ワールドカップ (IBAF)
IBAFワールドカップ(Baseball World Cup)は、1938年から2011年まで開催されていた野球の国際大会。国際野球連盟(IBAF)が主催していた。

ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)
1990年代後半からアメリカのみならずメジャーリーグベースボールにおける東アジアや北中米カリブ海諸国出身の選手の増加が進むなど、世界各国で野球人気の拡大があり、これをうけて2005年5月にMLB機構が翌年3月に野球の世界大会を開催することを発表[18]。2006年3月に16ヶ国・地域が参加し、ワールド・ベースボール・クラシックの第1回大会である2006 ワールド・ベースボール・クラシックが開催された。その後、2009年、2013年にも第2回大会、第3回大会が開催された。

WBSCプレミア12
2015年11月には、世界ランキング上位12ヶ国が野球力No.1をかけて戦うWBSCプレミア12が日本・台湾で初開催される。

夏季オリンピック
夏季オリンピックでは、野球は1904年セントルイスオリンピックにて公開競技として採用されたものの、オリンピックの野球競技としての正式競技化はそれから80年後、1992年バルセロナオリンピックからとなった。(1984年ロサンゼルスオリンピック、1988年ソウルオリンピックでも公開競技として実施されている。)だが、環太平洋地域以外で盛んではないという理由でIOCは2012年のロンドン五輪以降オリンピック競技から野球とソフトボールを外すことを決定した。これに対し、日本野球機構など各種団体は2016年度以降の野球競技復活をめざしキャンペーンを行ったものの、2016年リオデジャネイロオリンピックにおいては復活は見送られた。しかし、2020年の東京オリンピックでは男子野球は同じ競技扱いとなった女子ソフトボールとともに追加種目としてだが2008年北京大会以来の実施が決定した。そして、男子野球は女子ソフトボールとともに2017年にIOC総会で選出される2024年夏季オリンピックの正式競技に立候補したが、2016年・2020年(追加種目除く)と同じ夏季の28の競技が実施されることが2017年6月9日のIOC理事会で決定した為、2024年夏季オリンピックでの正式種目での開催は無い。

|野球(やきゅう)界を取り巻く問題

賭博と八百長:野球の試合結果を利用した(日本においては非合法な)賭博が一部の人間の間で行われている。そのほとんどは野球界とは無関係な人間によるものだが、野球界自身の人間も関わっていることが判明した事件もある。その一部を以下に記す。

1919年 – メジャーリーグベースボールでブラックソックス事件が起きた。
1969年〜1971年 日本プロ野球で黒い霧事件が起きた。
2009年 – 台湾プロ野球で台湾黒社会が取り仕切る賭博に伴う八百長問題が発覚した。
2012年 – 韓国プロ野球で韓国プロ野球八百長事件が起きた。
2015年10月 – 読売ジャイアンツ所属の現役選手3名(福田聡志、笠原将生、松本竜也)が、野球賭博(読売ジャイアンツ所属選手による野球賭博問題)に関与していたことが、日本野球機構の発表で明らかとなった。

|野球(やきゅう)人気・競技人口など

アメリカでの野球人気は中長期的に低落傾向にある。ギャラップの世論調査によると、1960年には最も人気のあるスポーツであったが、1972年にはアメリカンフットボールに抜かれ、2番人気に転落した。2013年には1番人気のアメリカンフットボールに対し、3倍近いポイント差をつけられている。伝統的に「国民的娯楽」と見なされていたが、2015年のブルームバーグの世論調査によると、アメリカ人の67%がアメリカンフットボールを国民的娯楽と見なしている一方、野球は28%に甘んじている。

ワールドシリーズの全米視聴率も低下傾向にあり、2012年には史上最低の平均視聴率を記録したが、2016年は第1戦から高視聴率を記録。第7戦では視聴率25.2%、総視聴者数4000万人に達しており、ここ25年間で最高を記録している。また、視聴率調査大手のニールセンによると、2015年時点での野球の視聴者は、55歳以上の割合が50%であったが、その10年前の2005年は41%であったことからも高齢化は顕著である。MLBのポストシーズン・ゲームの視聴者の6歳から17歳の若年層が占める割合はここ10年で7%から4%まで落ち込んでいる。ESPNの「若者が好きなスポーツ選手トップ30」にも、初めて野球選手が一人もランクインしなかった。SFIAの調査によれば2009年の6歳から17歳までの野球人口は701万2000人であるのに対し、2014年では671万1000人となっている。この調査によるとアメリカンフットボールやバスケットボールと言ったメジャースポーツも競技人口が減少しており、ラグビーやラクロスといった今までアメリカではマイナーとされていた競技が人口を増やしている。

MLBでは観客動員数の減少が話題になっている、特定の球団では激減し、MLB関係者は危機感を募らせている、近年は「北米4大スポーツ」の他の競技の進出によってシェアを奪われつつある。そんな中で、MLBは2017年には約7316万人(1試合あたり3万0132人)を動員。競争が厳しい中、何とか横ばいの数字を維持してきた。

アメリカ野球学会によると、ジャッキー・ロビンソンがデビューした1947年、アフリカ系米国人選手の割合は全体のわずか0.9%。徐々に比率は増し、62年には10.1%と初めて1割を超えた。81年には過去最高の18.7%に上った。だが、その後は伸び悩み、2005年には9.1%と1割を切り、昨季は6.7%と過去60年で最低に並ぶ数字となった、メジャーリーグでは、有望選手でも多くは高校卒業後にマイナー契約からメジャー昇格を目指すのが基本線。低所得者層のアフリカ系も少なくない中で、「アメリカンドリーム」をつかむには、安月給で移動も過酷な下積みを経験する道のりが待っている。

日本では伝統的に野球が盛んだが、中学生の野球チームに所属する少年の数は2009年から14年までに28%減少したことが、公式統計で明らかになった。全日本軟式野球連盟の小学生の軟式野球登録チーム数を見ても、2010年に1万4824チームから、2014年には1万2663チームまで減少し、高校野球においても、硬式野球の全国の野球部員数は1997年の14万201人を底に一旦は増加に転じ2014年には史上最多となる17万312人に達するも、同年を頂点に再び漸減傾向にある。軟式に至っては、1990年度の1万9915人を頂点に右肩下がりの減少を続け、2016年度の部員総数は1990年度のほぼ半数の人数にまで減少している。一方で、日本プロ野球の観客動員数は2015年途中時点で読売ジャイアンツ以外の11球団が前年比で増加した。また同年オリックス・バファローズ、広島東洋カープはシーズン途中時点で史上最多の観客動員数を記録した他、同年シーズンの総観客数がセ・リーグが1351万900人、パ・リーグが1072万6020人と、いずれも実数発表となった2005年以降で最多を記録。2016年にも交流戦の観客動員数において過去最多となる1試合平均2万9447人を記録する。

台湾プロ野球では1990年代後半から野球賭博や八百長が多発し、人気が大きく低下。チーム数も1997年の11球団をピークに減少し、2009年には創設時1990年の4球団にまで減った。

韓国では青少年少女の人気スポーツとなっている。1982年のKBOリーグは総観客数143万人だったが、2012年には700万人を突破し、2016年には観客動員数800万人超えを記録。動員数は世界のプロスポーツリーグ上位10位内に入っている。

|野球(やきゅう)の戦略と戦術

野球には数多くの戦略と戦術が生み出された。その一部を以下に記す。

スモールボール – かつてドジャース戦法と呼ばれた
ビッグボール -出塁率、四球や長打力重視する戦略
プラトーン・システム – 選手を使い分ける戦術
スクイズプレイ – 攻撃側のプレイ
ヒットエンドラン – 進塁を狙う戦術
ピッチアウト – 守備側のバッテリーが採る戦術
タッグアップ – 走塁戦術(ウィキペディアより引用)

|野球(やきゅう)とはのまとめ

9人編成の2チームが,ボール,バット,グローブなどの用具を用いて交互に攻撃と守備を行ない,通常9イニングでの得点 (四つの塁を回ると1点) の合計を競う競技。起源には,アメリカおよびイギリスの二つの発祥説がある。日本へは 1872年に移入され,学生野球を中心としてしだいに一般に広まった。 1934年大日本東京野球倶楽部 (読売ジャイアンツの前身) が結成され,これを契機にプロ野球が盛んになり,1936年日本職業野球連盟が設立された。第2次世界大戦後プロ野球はブームを迎え,1950年から2リーグ制となった。競技場は本塁,1塁,2塁,3塁を設けた 90フィート (約 27.43m) 四方の方形の内野,外野およびバックネットラインからなる。(コトバンク:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典より引用)

米国で発達した球技の一。九人編成の二つのチームが各9回ずつ攻撃と守備を交替しながら得点を争うもの。攻撃側は守備側の投手の投げる球をバットで打ち、四つの塁を回って得点する。明治6年(1873)日本に伝えられた。明治28年発行の「一高野球部史」以降、訳語として定着したとされる。ベースボール。(コトバンク:デジタル大辞泉より引用)

ベースボールbaseball。各9人からなる2チームで対戦し,攻撃と守備とを交互に繰り返して得点を競う競技。選手は守備位置により,1.投手(ピッチャー),2.捕手(キャッチャー),3.一塁手(ファースト),4.二塁手(セカンド),5.三塁手(サード),6.遊撃手(ショート),7.左翼手(レフト),8.中堅手(センター),9.右翼手(ライト)と呼ばれる(数字は守備位置を示す番号)。攻撃側の選手は1人ずつ順にバッタースボックスに立ち,投手が捕手に向かって投げるボールをバットで打ち,一塁,二塁,三塁の各ベースを踏んで本塁に生還すれば1点を得る。打者が打ち上げた飛球が守備側の選手(野手)に直接捕球されたり,フェア区域内でゴロになった打球が打者が一塁に達する前に一塁上の野手に送球されるか,野手によって直接打者にタッチされた場合,および3ストライク目の投球を直接捕手が捕球した場合(三振),打者はアウトになる。四球(フォアボール)および死球(デッドボール)のときは打者は走者として一塁を得る。走者は離塁しているときにボールをタッチされるとアウトになる。攻撃側が3回アウトになると攻守交替し,これも同様に3回アウトになると1インニングを終了。1試合につき9インニング(同点の場合には延長戦)を行う。 野球の起源については,1832年に米国のダブルデー少将が考案したとする説と,英国で始められたクリケットが変化してできたラウンダーズroundersという球技をもとに生まれたとする説があるが,後者が有力。1845年ニューヨークにニッカーボッカー野球協会と称する最初の野球チームが誕生し,新しい規則を制定,1846年初めてクラブ対抗試合が行われた。1869年にはプロ野球のチームが生まれ,以後年々盛んとなった。日本では1873年大学南校の生徒が米国人教師H.ウィルソンらに教えられて行ったのが最初で,1878年米国帰りの平岡煕(ひろし)によって日本最初の野球チーム新橋倶楽部(愛称アスレチックス)が誕生した。米国以外に日本をはじめとする東アジアやキューバなどカリブ海諸国,中南米,オーストラリア,ヨーロッパなどにも広まっている。→高校野球/社会人野球/東京六大学野球/軟式野球/野球体育博物館/ソフトボール(コトバンク:百科事典マイペディアより引用)

運動競技の一つ。一塁,二塁,三塁,本塁と四つの塁(ベース)を使用するところからベースボールbaseballと呼ばれ,日本で野球と訳された。訳語をつくったのは中馬庚(ちゆうまかのえ)である。アメリカでは別名ボールゲームという。1チーム9人の選手で編成された二つのチームの間で,より多くの得点を記録して勝つことを目的とする。このスポーツはアメリカの国技で,その普及はめざましく,中南米,キューバなどカリブ海諸国,アジア,オーストラリアさらにヨーロッパまで広がっている。(コトバンク:世界大百科事典 第2版より引用)

一チーム九人ずつの二チームが守備側と攻撃側に分かれ、守備側の投手が本塁上へ投げる球を攻撃側の打者がバットで打ち得点を争う球技。アメリカで発達し、日本へは明治初期に伝わった。ベースボール。 〔baseball の訳語。1893年ごろ一高ベースボール部の中馬庚らが考案〕(コトバンク:大辞林 第三版より引用)

野球とは団体運動競技で、球技の一つ。1チーム9人ずつで構成された2チームが守備と攻撃に分かれ、守備側の投手が投げたボールを、攻撃側の打者がバットで打ち、四つのベースをまわって得点する。そしてその両チームが、通常9回を戦い得点の多さを競うもの。一塁(ファースト・ベース)、二塁(セカンド・ベース)、三塁(サード・ベース)、本塁(ホーム・プレート)の四つのベースを使用するので、ベースボールbaseballとよばれている。日本では早くから「野球」と訳され、多くの運動競技のなかでも、もっとも親しまれ普及している。世界の分布をみると、南北アメリカ大陸、東アジアでとくに盛んなほか、オーストラリアやヨーロッパでも広く行われ、1992年のバルセロナ大会から正式なオリンピック競技として採用された。とくにアメリカ(カナダ、メキシコを含む)、ベネズエラ、日本、韓国、台湾、オーストラリアではプロ選手によるリーグ戦が行われている。中米諸国では、ドミニカやプエルト・リコ(アメリカの自治領)などがアメリカ大リーグに多くの選手を供給し、キューバは、アマチュアながらプロと同等の水準に達している。このほか、1990年代以降、イタリア、オランダ、中国などでも野球熱が高まり、世界的な広がりをみせている。[神田順治・森岡 浩]

アメリカ
野球の起源については二つの説がある。一つは、13世紀にイギリスで始められたクリケットがラウンダーズとなり、これが発達してベースボールになったというものである。イギリスでは19世紀前半ごろに、バットとボールを用いる遊びが盛んに行われ、ラウンダーズとかフィーダーとかよばれていたが、これがアメリカ人に知られるようになり、19世紀のなかばには各地に発達していった。当時の競技方法は簡単で、投球者がボールを投げると、打撃者がこれを打ってベースに向かって走り、守備側はこれを拾ってベースに走り、守備側が早ければアウト、打撃者が早ければセーフというもので、ベースの位置も決まっていず、ベースも棒杭(ぼうくい)・穴などで、人数もまちまちであった。1830年にはボストンで、ラウンダーズを模倣したタウン・ボールというものが始められ、3年後の1833年にはフィラデルフィアで、また同じころニューヨークでも、すこし異なったタウン・ボールが行われ、これらが発展して野球になったという説である。
 もう一つの説は、1907年アメリカの運動具商会主スポルディングAlbert Spalding(1849―1915)に依頼されてできたベースボール起源調査委員会が調べたもので、野球は1839年ニューヨーク州クーパーズタウンで、陸軍将校アブナー・ダブルデーAbner Doubleday(1819―1893)が案出したというものである。その野球は、一、二塁間と二、三塁間にそれぞれ現在よりも1人多く野手を置き、11人ずつで試合を行った。この説には当時も、野球は前記のラウンダーズの応用であるという反論があったが、1939年ニューヨーク図書館のヘンダーソンRobert Henderson(1888―1985)が調べた結果、1750年以前にも、イギリスにバットとボールを用いるベースボールとよばれるものがあり、さらには1789年出版の絵本に、ベースボールという題の挿絵入りの詩が発見され、信頼度が薄くなった。さらに野球の起源については、アメリカ大陸が「発見」される前に、ロシアでラプタとよばれるボールとバットの競技があり、それを模倣したのが野球であるという説もある。
 1841年ごろには、ベースは固定されたものとなり、1845年にはニッカーボッカー野球クラブ(ニッカーボッカー野球協会)という最初の野球チームがつくられ、現在のようなダイヤモンドとよばれる正方形の内野が考案されるに至った。翌1846年には、1チームを9人とする規則がつくられ、前記のニッカーボッカー野球クラブと、そこから分かれたニューヨーク・ナインとの間で最初のクラブ戦が行われた。1858年に全国野球選手協会が設立されて、野球の管理にあたるようになり、1869年にはシンシナティ・レッドストッキングスという初の職業野球団が生まれ、19世紀末にはナショナル・リーグとアメリカン・リーグという、現在のアメリカ二大リーグが結成されて今日に至っている。
 大学野球も1859年にアマースト大学とウィリアムズ大学の間で初めて試合が行われ(66対32でアマースト大学の勝ち)、以来、順調に発達し、ノン・プロ野球や少年野球も盛んになっている。[神田順治・森岡 浩]
日本
日本に野球を伝えたのは1872年(明治5)東京の第一大学区第一番中学(現在の東京大学)のアメリカ人教師ホーレス・ウィルソンHorace Wilson(1843―1927)で、学生野球を中心として発展、普及した。大学野球は、第一高等学校の無敵時代を経たのち、早稲田(わせだ)、慶応、明治の三大学リーグ戦が始まり、これが東京六大学リーグ戦へと発展した。1952年(昭和27)からは、各地区の大学野球連盟の代表による全国大会が行われている。
 高校野球は、1915年(大正4)に朝日新聞社主催で開かれた全国中等学校優勝野球大会(夏の大会)と、1924年に毎日新聞社主催で開かれた全国選抜中等学校野球大会(春の大会)が起源となり、現在に至っている。
 社会人野球最高峰の全国大会である都市対抗野球は、1927年(昭和2)から毎日新聞社主催(1949年から日本社会人野球協会との共催。同協会は1984年に日本野球連盟に改称)で開かれている。
 日本のプロ野球は、1934年に大リーグが来日した際に結成した日本選抜チーム(後の読売巨人軍)が母体となって始められたもので、アメリカと比して歴史は浅い。[神田順治・森岡 浩]

日本独自のもので、1919年(大正8)に、小学生に危険の少ないスポンジボールが考案され、小学生の野球試合に用いたことに始まる。簡単な施設でプレーでき、安価で入手が容易なスポンジボールを使うため、全国に広まっていった。1946年(昭和21)には全日本軟式野球連盟が結成され、大会の運営にあたっている。[神田順治・森岡 浩]
野球は、1チーム9人ずつの2チームが交互に攻撃を行い、終了までに多く得点した側が勝ちである。原則として時間は関係なく、回(イニング)が単位。1回とは、1チームが攻撃と守備を一度ずつ行うこと。守備側の選手は守る位置によって、(1)投手(ピッチャー)、(2)捕手(キャッチャー)、(3)一塁手(ファースト・ベースマン)、(4)二塁手(セカンド・ベースマン)、(5)三塁手(サード・ベースマン)、(6)遊撃手(ショート・ストップ)、(7)左翼手(レフト・フィールダー)、(8)中堅手(センター・フィールダー)、(9)右翼手(ライト・フィールダー)とよばれる。試合前に打順表が提出され、打順は原則として変えられない。
 守備側の9人が守備位置につくと、攻撃側は打順に従って1人ずつ打席に入る。投手は打者(バッター)に対してボールを投げ、打者が打たない場合、球審はストライクかボールかを宣告する。ストライクとは、打者の肩の上部とユニフォームのズボンの上部との中間点に引いた水平のラインを上限、 膝頭(ひざがしら)の下部のラインを下限とする高さで、ホーム・プレート上をボールの全部または一部が通過するもの。日本のプロ野球では、ストライク・ゾーンの上限はズボンのベルトよりやや上のあたりと、低めに抑え込まれてきたが、2002年(平成14)からは規則どおりのゾーンが適用されるようになった。打者が空振りした場合はストライク。こうしてスリー・ストライクになると打者はアウト(三振)になり、フォア・ボールの場合は一塁へ行ける。打者が打ち、ボールが飛んだ場合は、地面にボールが触れる前に、野手にとられるとアウトになる。ボールが地面に触れたものは、フェア・ボールのものは、ボールを持った野手にタッチされず、一塁へボールが送球される前に走者が一塁へ着けばセーフ(同時はセーフ)となり、それ以外はアウトになる。一塁の場合はファウル地域に駆け抜けたとき、野手にタッチされてもアウトにならないが、二、三塁の場合はアウトになる。ファウル・ボールの場合は、ストライク数が増える。ただし、ツー・ストライクの場合は、バント以外のものではストライクをとられず、三振とはならない。投手の投球がストライク・ゾーン以外で打者の身体に当たった場合は、原則として打者は一塁へ行ける(デッド・ボール)。
 打者が塁に出た場合、走者(ランナー)となる。走者は、試合が一時中断される場合(ファウル・ボールなど)を除いて、まったく自由であり、次塁へも自由に進め、触塁していないときに守備側にタッチされない限り、アウトにならない。ただ、打者がフェア・ゴロを打ち、次の走者が自分のいる塁へ走ってくる場合は、次塁へ進む義務(フォース・プレー)が生じ、その走者は次塁に着く前にボールが送球されればアウトになる(フォース・アウト)。打者がフライを打った場合は、捕球されたとき、塁へ戻っていなければならない。こうして、スリー・アウトになる前に走者がホームへ戻れば、1人につき1点ずつ得点が与えられる。ただし、スリー・アウトがフォース・アウトか、打者が一塁へ着く前にアウトになる場合は、走者のほうが早くホームへ達しても得点にはならない。スリー・アウトになると、攻守を交替して、またスリー・アウトになるまで行う。
 途中で選手交替もあるが、守備位置の交替は自由にできる。補欠との交替の場合、補欠はかわった選手の打順に入り、かわられた選手は試合に出られなくなる。妨害行為に対しては、普通は攻撃側選手が妨害した場合には妨害選手のアウト、守備側選手が妨害した場合には、次塁への進塁が適用される。試合の運行、判定は審判によって行われる。審判は、本塁(球審)と一、二、三塁(塁審)に1人ずつ計4人いるが、夜間試合(ナイター)などの場合にはライト線、レフト線(線審)に1人ずつ配置することがある。審判は絶対の権限をもっていて、すべての選手(監督・コーチも含む)は、その判定に従わなければならない。[神田順治・森岡 浩]

ボール
硬式用のボールは、コルク、ゴムなどに糸を巻き付けていき、最後に牛皮(従来プロでは馬皮)2片で包み、縫い合わせてつくる。重量は5~5オンス4分の1(141.7~148.8グラム)、周囲は9~9インチ4分の1(22.9~23.5センチメートル)と定められている。軟式用のボールは、周りはゴム製で、一般用の大きな中空のA号、少年用でA号より小さく中空のB、C、D号、準硬式用の充填(じゅうてん)物の入ったH号がある。[神田順治・森岡 浩]
バット
長さ42インチ(約106.7センチメートル)以下、もっとも太い部分の直径が2.61インチ(約6.6センチメートル)以下に制限され、木材から滑らかに丸くなるようにつくる。材料の木材は、1本の木からつくられるべきで、数本の木片を接合したものは原則として認められない。握りにテープを巻いたり、着色したりすることは、不正にならない範囲で許されている。アマチュア野球では、各連盟の認可によって、数本の木片を接合したバット、金属バットが使用できる。[神田順治・森岡 浩]
ミットとグラブ
ミット(捕手用)、ファースト・ミット(一塁手用)、グラブ(野手用)は皮革製で、重量の制限はないが大きさに制限がある。
 ミットは、外周が38インチ(約96.5センチメートル)以下、先端から下端までが15インチ半(約39.4センチメートル)以下、親指と人差し指との間隔が先端で6インチ(約15.2センチメートル)以下、末端で4インチ(約10.2センチメートル)以下、親指と人差し指の間の網は先端で7インチ(約17.8センチメートル)以下、先端から末端までの長さが6インチ以下となっている。
 ファースト・ミットは、先端から下端までの長さが12インチ(約30.4センチメートル)以下、手のひらの幅が8インチ(約20.3センチメートル)以下で、親指と人差し指の間隔が先端で4インチ(約10.2センチメートル)以下、末端で3インチ半(約8.9センチメートル)以下、その間にある網は先端から末端まで5インチ(約12.7センチメートル)以下となっている。
 グラブは、長さが12インチ以下、手のひらの幅が7インチ4分の3(約19.7センチメートル)以下で、親指と人差し指の間隔が先端で4インチ半(約11.4センチメートル)以下、末端で3インチ半(約8.9センチメートル)以下となっており、投手用のグラブだけ、全体が白色および灰色以外の1色と定められている。[神田順治・森岡 浩]
ユニフォーム
他のチームとは異なる独自のもので、チーム内の選手たちは同一のものでなければならない。また、ユニフォームに光るものや、野球ボールを連想させるものをつけることは禁止されている。[神田順治・森岡 浩]
野球を行う競技場は、内野、外野、ファウル・グラウンド、観覧席(スタンド)からなっている。内野には本塁、一塁、二塁、三塁の4ベースがあり、それぞれの距離は90フィート(約27.4メートル)の正方形で、各塁を結ぶ辺は同一水平面上になければならない。本塁と二塁とを結ぶ直線上の本塁から60フィート6インチ(約18.4メートル)の所に投手板(ピッチャーズ・プレート)を設ける。高さは本塁より10インチ(約25センチメートル)高く、横24インチ(約61センチメートル)、縦6インチのゴム板でつくる。本塁と一塁、三塁を結ぶ直線とその外野への延長線をファウル・ラインとし、その内部(ラインを含む)をフェア地域、外部をファウル地域とする。本塁およびファウル・ラインから、少なくとも60フィート(約18.2メートル)はプレーできるファウル・グラウンドをとらなければならない。通常、この外側がスタンドとなる。本塁から外野フェンスまでの距離は、250フィート(約76.2メートル)以上であり、両翼320フィート(約97.5メートル)、中堅400フィート(約121.9メートル)あるのが理想とされている。
 本塁は、五角形の白色ゴム板で表示し、地面と水平になるように埋められる。一塁、二塁、三塁は、中に柔らかい詰め物をした布やゴムでつくったキャンバス・バッグを固定してつくる。軟式の年少者用には、体力に応じて、塁間距離、投手板と本塁間の距離を縮めるくふうがなされる。[神田順治・森岡 浩]
2020年開催予定のオリンピック東京大会では、開催都市が実施を提案する追加種目5競技18種目の1競技として、男子の野球と女子のソフトボールが行われる。これら2種目の採用は、2008年に行われた北京(ペキン)大会以来3大会ぶりであるが、今回の出場チーム数は6チームで、前回よりも2チーム少なく、競技日程を6日間に短縮する。野球は、六つの国と地域(1チーム24人編成)が参加し、予選リーグを勝ち残った4チームが決勝トーナメントを戦う。会場は野球、ソフトボールともに、横浜スタジアム(神奈川県横浜市)をメーン会場として開く予定で、予選リーグは、東日本大震災や原発事故からの復興をアピールする目的で、福島県での開催が検討されている。野球種目への参加が期待されているアメリカの大リーグ(MLB)は、レギュラーシーズンと重なることもあり、参加に消極的な姿勢を示している。
 2016年(平成28)9月時点で、野球の国内愛好者800万人、競技登録者は160万人。(コトバンク:日本大百科全書ニッポニカより引用)

〘名〙 (baseball の訳語) アメリカで発達した屋外球技。九人ずつ二組が、互いに攻撃と守備とを九回繰り返して得点を争うもの。守備側の投手の投げるボールを攻撃側の打者が打ち、一塁、二塁、三塁と回って本塁に帰ると一点とする。日本にはアメリカ人教師によって明治六年(一八七三)頃に伝えられた。明治一〇年(一八七七)には、日本最初のチーム「新橋倶楽部」が結成され、広く行なわれるようになった。ベースボール。
※海底軍艦(1900)〈押川春浪〉一八「将来は非常に有望な撰手であると語ったが啻(ただ)に野球(ヤキュウ)ばかりではなく〈略〉雄壮(をを)しき少年とはなった」
[語誌]日本へ入ってきた当初は「ベースボール」と呼ばれた。明治二六(一八九三)年頃に一高ベースボール部の中馬庚らが「野球」の語を考え出し、明治三〇年代には一般にも広く用いられるようになった。(コトバンク:精選版 日本国語大辞典より引用)

 

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